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karuna's story

高機能自閉症スペクトラム。感覚過敏。欧州育ち。サードカルチャーキッズ。シャーマン。カードインスピレーション。夢使い。

トータルに生きる

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トータルに生きるって、今ここにコミットして、未知なることにも開かれ、信頼して任せる感覚。

 

もう少しで出発。気持ちが先へ先へと向かうけど、本番はまだ10日もある。

 

今ここに立ち返ろう。

 

 

 

久しぶりにキレた夜

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子が無事に高校生になり、定時制だからリズムも変わり、変化の苦手な私たちにとってはかなりの負荷がかかる。

 

なのに、今日はよくない友達と夜中まで会ってて迎えに行ったらタバコくさくて切れた。

 

私は感覚過敏なんだ。

たまらない。

車が、家がタバコ臭い。

死にそうで許せない。

 

そして引いたカードはこれ⬆︎

マインドでいっぱいで疲れ果ててる。

コントロールを手放せというカード。

 

まさにですがタバコの臭いはやはり耐えられません、マスター。

 

 

おみごと(笑)

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考えても仕方のないことなのに、心配してると、今ここのリラックスと素晴らしい瞬間を逃しますよ〜。もっと信頼して力を抜きませう。

というカードの後に、

ストレスは自分で作り出してるよ、高い理想やあれもこれもと欲張ってませんか?

というカード(笑)

 

最近は本当にわかりやすいシグナルばかりでありがたいです。

 

子の進路が決まってほっとしているよりも、すでにいろんな心配を始めていたので手放す。

 

 

発達障害あるある①「そんなこといったら私も発達障害だよ。」の巻

別に次があるわけではないけど、ありそうなので①とつけてみた。

とてもご無沙汰している人に街でばったり会って声をかけられた。

お互いに近況を少し報告しながらも、主には私の最近の息子との話になった。

その流れで「実は親子で発達障害だったんだということがわかった」と

カムアウトした。

すると相手は「えー」と信じられないというような表情になる。

こういうところがしんどいんだ、とかこだわりが強いんだなどと少し具体的な話をすることになる。

「そんなこといったら私も発達障害だよ。」とその人はいった。

げんなりする。

とにかく私が言語能力があり、高機能な部分があるので信じられないのだろう。その人の「発達障害者」もしくは「自閉症」の人のイメージと私は全く噛み合わないのだろう。息子のことも、おなじような感覚なのだろう。

でもその反応が当事者にとってどれだけ傷つき、げんなりとした気分にさせるか、その人はきっと想像もつかないだろう。

息子の思春期についても、「15歳はいろいろある年齢だしね」と一般化されてしまうことにこれまでもどれだけ歯がゆく、孤独な気分になっただろう。

自分にも偏りがあり、そして息子にもあり、その上でホルモンの変化や成長に伴う思春期があり本当に大変なのに。

それは専門家であってもわからない。現場で当事者とともに励まし、サポートしてくれる人たちはまだ想像がつくので反応が違う。その独特な辛さを理解されていると感じる。その人たちが「私もそういうところありますよー。」と言ってくれることには安心感さえ感じることもある。

多分、「私もそうだよ。」という言葉の裏に、

「なんでも障害を理由にするのは思い込みなのではないか。」という気持ちや

「だれだって多少の生きづらさはあるよ。」という、みんな大変です的な同調圧力

私を障害者としてどう扱えばいいのかという未知なるものへの抵抗感とか戸惑いとか、まぁいろんな気持ちがあるんだろうけど、それは全てその人の問題を投影されているので私はただ不愉快で困るだけなのだ。

そういう雰囲気と反応になると、こちらはなぜか一生懸命に説明をするような話になる。どんどん自己開示しなくてはいけなくなる。そしてドツボにはまっていく。

言うんじゃなかったと思う。

「こんどゆっくりお茶しようねー。」といって別れたけど、

絶対に疲れるのは目に見えている。

 

運良く、その直後にお世話になっている発達障害の相談室で面談があったから聞いてもらえた。ご自身も発達障害だという相談員の先生は、一緒になって不愉快さをあらわにしてくれた。「よくあることだし、それは当事者にとってはとても傷つく。この大変さを一緒にされたくないという気持ちになる。だから、そういう人とは物理的に距離をおきましょう。でないと傷つくし疲れてしまいますよ。」と

現実的なアドバイスをくれた。

 

私はなかなか断るということが難しいので、こういうルールのような具体的な方法で示してくれると、感情は特性と性格からくるものだと理解できて扱えるようになる。

こういうタイミングのよさは、私は自分の強みのほうの特性だと思っている。

 

「私もだよ。」という心理は、きっと異なるものへのエッジ(抵抗感、不安)をカバーするために共通点を探してつながろうとするという心理の働きかもしれなけど、わかりっこないんだから、「聞いてもいい?」と具体的に質問してもらったほうが楽。

そして「そうなんだね。」とわからないなりに受け止めてくれたほうがよっぽどありがたいのだ。

 

 

「シンクロ」は自然現象として捉えるべし

 久しぶりにカードをひいて写真をとってブログを書くという一連ができる瞬間。

カードを手にしたらめに入ったのかこのカード。

でもしっかりとシャッフルしてひいたのも、このカード。

答えは自分の中にすでにあるというもの。

 

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そう。

実はちゃんと私たちは答えをわかってるんだということをなぜ最初から信じないのだろう。なんども確認したがるし、シンクロが起きたら変にはしゃいで、大きな意味を持たせようとする。

「仕事」を書いたあとにきたクライアントさんもそうだった。

自分の「不思議体験」を過大解釈したいのに、そういうそぶりは見せずに専門家から太鼓判をもらおうとする。あなたは特別だ。あなたは能力がある。あなたはスペシャルだ。と。

もうほんとうにあのめんどくさい演技はやめていただきたい。

シンクロニシティは宇宙の自然現象。

こちらが閉じていなければいくらでも起きるし、起こすこともできる。

それが大したことだという風になってしまうとエゴが起動する。

 

答えは自分の奥底にある。

私たちは全て知っている。

 

 

 

仕事とは…

昨日、今日と朝から晩まで仕事。

私の仕事は人々に意識という気づきの光を内なる世界に照らしていく作業。

闇の中にダイブ・インして、その深海からその人にとっての豊かな宝を持ち帰ってくる、無意識という海へのダイビングインストラクターのような仕事だ。

仕事をしていると錯覚を起こしてしまうことがある。

まるで自分の力のような錯覚だ。

私の手を使うけど、それは存在の仕事を手伝っているだけ。

私はパイプ。ロールモデル

私が何かをするというよりも私は私らしくいることを表現し、

そしてみんなが自分らしくいることを勇気付けていく。

その結果、その成果は私のものではない。

それは私の責任ではない。

天に任せっきりで怠けるのでもなく、

責任を背負いすぎて頑なになるのでもなく、

精一杯やるべきことはするけど、責任やコントロールは私の仕事ではない。

そんなことを教えてくれるカード。

 

「教えるのではない。分かち合いなさい。」

というマスターの言葉は私が「先生」ではなく、対等な仲間。

少しみんなより経験が多く、乗り越えてきた困難により学んだこと、どうすればいいのか知っているだけ。気づき、という領域について。

「それを分かち合いなさい、そしてあなたもその場から学ぶだろう。

受け取るだろう。」

この言葉がどんなに私を自由に、豊かにしてくれたことだろう。

 

 

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そして恩師はいつも私に

「何者かになろうとしないでいいんだ。」ということを言いつづけてくれていた。

リラックスして、エンジョイして、フルに今を生きろと。

亡くなった彼女の作品

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「死」が次々とやってくる

アフリカの同級生がもうすぐ亡くなるという話の次は、

先月息子が死んでしまったという電話だった。

 

ちょうど、友人の大学の研究室に打ち合せという名目で遊びに行き、これまでの怒涛のプロセスをひととおり聴いてもらって、そしてお互いが死や生について語っている最中に電話がなった。

携帯の画面に映し出された名前は

すごく久しぶりにみるものだった。

きっと何が緊急事態が起きたのだろうと直感的に思った。

 

「ごめんね突然…息子が死んじゃった〜」

久しぶりに聞いた彼女の泣き声は息子が白血病で1年半の闘病生活の末、亡くなったとつげた。

 

スピリットはそばにいるから。

ひとまずは沢山泣いたらいいよと伝えてきった。

 

人の人生という名の旅は本当に様々だ。

子の反抗期で悩んでから息子が亡くなったという知り合いはこれで2人。

ここ2週間で死についての知らせは3件。

今をちゃんと生きてるかい?と存在に問われてる感じがしてならない。

 

打ち合せのつもりがおしゃべりで終わってしまったのだけど、親友と一番好きなイチゴタルトを食べながらのシェアリングは今必要な時間だった。

生きている者同士、支え合っていくことの大切さ、分かち合える喜びを満喫してきた。

 

 

 

 

 

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