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karuna's story

高機能自閉症スペクトラム。感覚過敏。欧州育ち。サードカルチャーキッズ。シャーマン。カードインスピレーション。夢使い。

深夜のセルフケア 。アートセラピーとトラウマ解放EFT版

ギリシャでの仕事を終えて、帰国。

現実の方が断然難しいし辛い。

 

子どもがますます帰ってこなくなり非行少年のボスに気に入られてしまい帰ってこない夜が増えた。

警察も動いてくれない。

高校生はそんなもん、事件起きてないなら何もできない。という感じ。

 

眠れないので2晩連日、夜中のお絵かき。

 昨日は4枚も描いた。

 

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母親との関係もストレスMAXで、私は家族という呪いのチェーンに繋がれているようだ。

1人で頑張って変えようとしても家族に引きずり戻される。

この呪縛から解放されるには、相手が死ぬか、自分が死ぬかしかないと小さい頃から思っていた。

たまに追い詰められるとその思考がまた頭を持ち上げる。そして死にたくなる。

 

子どものことは追いかけても仕方ないことは頭ではわかってる。そしてこのこだわりが母親との関係性の傷を投影してることも理解してる。

トラウマは頭で理解しててもハマる時ははまってしまうわけで、心理職のプロとして情けないなぁと思ったりもする。

そしてますます、おい詰まる。

 今晩も2枚。

 

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頭が痛くなり、もう帰ってこないのも明らかなので風呂に入って寝ることにした。時差もとらないといけないし。

EFTという、感情解放のセルフケアがあるのだけど、それをした方がいいと思った。けど、感情にはまっているとなかなか難しい。

いつもEFTを教えてくれている友人にメッセージを書いているうちに、そこに書いた自分の感情を入り口にEFTのタッピングをやってみた。

 

ポロポロと涙がでてきた。

 

「理解してほしい。私の苦しみと苦労をわかってほしい。ちゃんと認めてほしい。1人で背負わなくていいと言ってほしい。優しくしてほしい。」

「寂しい。苦しい。1人では苦しすぎる。耐えられない。頑張ってきたのに。」

などなど。

そしたらたくさん涙が出てきて…わんわん泣きながらタッピングした。

 

2クール目くらいして、思い切って友人がいつも言ってくれてたみたいに、

「私はそれの感情を感じます。」とか「受け入れます」っていってタッピングしてみた。

かなり抵抗があったけど(^_^;)

 

そしたらなんか少し感じが変わった。

悲しみはあるけど次元がシフトした感じ。

そのまま泣きながらタッピング続けて、
「子供だからわからない。」とか、「親もなかなかわからない。そもそも、わかる人はこの世に少ない。期待してる人ではないけどわかってくれる人はいる。この苦しみを理解できる人がいる。1人じゃない。」

 

などが言葉ででてきて、
また少し苦しいながらも、どこかが楽になって。

次に思い切って友人がいつも言ってくれてたように、
「私は頑張っている。
私は精一杯やっている。
いまの状況は私のせいではない。
必要なプロセスが起きていることを知っている。
OSHOに守られてる。
子どももOSHOに守られてる。

存在やOSHOやおじいちゃんが守ってくれているから1人で背負わなくていい。1人でやらなくていい。手放していい。」

フレーミングが変わっていって。

今すごく落ち着いた。

 

あーやっぱりEFTすごくいいなー。

と再確認。

何よりも、自分でここまで出来たのもすごく誇らしい。

なんとなく、コツをつかんだ気がする。

頭痛いのも少し楽になったから、
寝てみようと思う。

 

タッピングをしてもう1つの気づきは、ギリシャの仕事で葛藤を変容させてもさせても、傷を癒してもその傷の元になるマジョリティの意識は、なかなか、変わらないという絶望感を持ち帰ったのだけど。それと親に理解してもらえない、私のインナーチャイルドが諦めきれない、わかってほしいという願いは叶わないのだろうという絶望感。

どちらも何十年もやってきたのに!というショック。

それが今回死にたいと思ったり、諦めたりする核の部分だったのだろう。

そこの期待は手放さないといけないという理解まではきた。

まだ手放せないけど。

 

このタイミングでこのセルフケアが出来てよかった。

 

行ってきたギリシャの海辺。

 

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トータルに生きる

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トータルに生きるって、今ここにコミットして、未知なることにも開かれ、信頼して任せる感覚。

 

もう少しで出発。気持ちが先へ先へと向かうけど、本番はまだ10日もある。

 

今ここに立ち返ろう。

 

 

 

久しぶりにキレた夜

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子が無事に高校生になり、定時制だからリズムも変わり、変化の苦手な私たちにとってはかなりの負荷がかかる。

 

なのに、今日はよくない友達と夜中まで会ってて迎えに行ったらタバコくさくて切れた。

 

私は感覚過敏なんだ。

たまらない。

車が、家がタバコ臭い。

死にそうで許せない。

 

そして引いたカードはこれ⬆︎

マインドでいっぱいで疲れ果ててる。

コントロールを手放せというカード。

 

まさにですがタバコの臭いはやはり耐えられません、マスター。

 

 

おみごと(笑)

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考えても仕方のないことなのに、心配してると、今ここのリラックスと素晴らしい瞬間を逃しますよ〜。もっと信頼して力を抜きませう。

というカードの後に、

ストレスは自分で作り出してるよ、高い理想やあれもこれもと欲張ってませんか?

というカード(笑)

 

最近は本当にわかりやすいシグナルばかりでありがたいです。

 

子の進路が決まってほっとしているよりも、すでにいろんな心配を始めていたので手放す。

 

 

発達障害あるある①「そんなこといったら私も発達障害だよ。」の巻

別に次があるわけではないけど、ありそうなので①とつけてみた。

とてもご無沙汰している人に街でばったり会って声をかけられた。

お互いに近況を少し報告しながらも、主には私の最近の息子との話になった。

その流れで「実は親子で発達障害だったんだということがわかった」と

カムアウトした。

すると相手は「えー」と信じられないというような表情になる。

こういうところがしんどいんだ、とかこだわりが強いんだなどと少し具体的な話をすることになる。

「そんなこといったら私も発達障害だよ。」とその人はいった。

げんなりする。

とにかく私が言語能力があり、高機能な部分があるので信じられないのだろう。その人の「発達障害者」もしくは「自閉症」の人のイメージと私は全く噛み合わないのだろう。息子のことも、おなじような感覚なのだろう。

でもその反応が当事者にとってどれだけ傷つき、げんなりとした気分にさせるか、その人はきっと想像もつかないだろう。

息子の思春期についても、「15歳はいろいろある年齢だしね」と一般化されてしまうことにこれまでもどれだけ歯がゆく、孤独な気分になっただろう。

自分にも偏りがあり、そして息子にもあり、その上でホルモンの変化や成長に伴う思春期があり本当に大変なのに。

それは専門家であってもわからない。現場で当事者とともに励まし、サポートしてくれる人たちはまだ想像がつくので反応が違う。その独特な辛さを理解されていると感じる。その人たちが「私もそういうところありますよー。」と言ってくれることには安心感さえ感じることもある。

多分、「私もそうだよ。」という言葉の裏に、

「なんでも障害を理由にするのは思い込みなのではないか。」という気持ちや

「だれだって多少の生きづらさはあるよ。」という、みんな大変です的な同調圧力

私を障害者としてどう扱えばいいのかという未知なるものへの抵抗感とか戸惑いとか、まぁいろんな気持ちがあるんだろうけど、それは全てその人の問題を投影されているので私はただ不愉快で困るだけなのだ。

そういう雰囲気と反応になると、こちらはなぜか一生懸命に説明をするような話になる。どんどん自己開示しなくてはいけなくなる。そしてドツボにはまっていく。

言うんじゃなかったと思う。

「こんどゆっくりお茶しようねー。」といって別れたけど、

絶対に疲れるのは目に見えている。

 

運良く、その直後にお世話になっている発達障害の相談室で面談があったから聞いてもらえた。ご自身も発達障害だという相談員の先生は、一緒になって不愉快さをあらわにしてくれた。「よくあることだし、それは当事者にとってはとても傷つく。この大変さを一緒にされたくないという気持ちになる。だから、そういう人とは物理的に距離をおきましょう。でないと傷つくし疲れてしまいますよ。」と

現実的なアドバイスをくれた。

 

私はなかなか断るということが難しいので、こういうルールのような具体的な方法で示してくれると、感情は特性と性格からくるものだと理解できて扱えるようになる。

こういうタイミングのよさは、私は自分の強みのほうの特性だと思っている。

 

「私もだよ。」という心理は、きっと異なるものへのエッジ(抵抗感、不安)をカバーするために共通点を探してつながろうとするという心理の働きかもしれなけど、わかりっこないんだから、「聞いてもいい?」と具体的に質問してもらったほうが楽。

そして「そうなんだね。」とわからないなりに受け止めてくれたほうがよっぽどありがたいのだ。

 

 

「シンクロ」は自然現象として捉えるべし

 久しぶりにカードをひいて写真をとってブログを書くという一連ができる瞬間。

カードを手にしたらめに入ったのかこのカード。

でもしっかりとシャッフルしてひいたのも、このカード。

答えは自分の中にすでにあるというもの。

 

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そう。

実はちゃんと私たちは答えをわかってるんだということをなぜ最初から信じないのだろう。なんども確認したがるし、シンクロが起きたら変にはしゃいで、大きな意味を持たせようとする。

「仕事」を書いたあとにきたクライアントさんもそうだった。

自分の「不思議体験」を過大解釈したいのに、そういうそぶりは見せずに専門家から太鼓判をもらおうとする。あなたは特別だ。あなたは能力がある。あなたはスペシャルだ。と。

もうほんとうにあのめんどくさい演技はやめていただきたい。

シンクロニシティは宇宙の自然現象。

こちらが閉じていなければいくらでも起きるし、起こすこともできる。

それが大したことだという風になってしまうとエゴが起動する。

 

答えは自分の奥底にある。

私たちは全て知っている。

 

 

 

仕事とは…

昨日、今日と朝から晩まで仕事。

私の仕事は人々に意識という気づきの光を内なる世界に照らしていく作業。

闇の中にダイブ・インして、その深海からその人にとっての豊かな宝を持ち帰ってくる、無意識という海へのダイビングインストラクターのような仕事だ。

仕事をしていると錯覚を起こしてしまうことがある。

まるで自分の力のような錯覚だ。

私の手を使うけど、それは存在の仕事を手伝っているだけ。

私はパイプ。ロールモデル

私が何かをするというよりも私は私らしくいることを表現し、

そしてみんなが自分らしくいることを勇気付けていく。

その結果、その成果は私のものではない。

それは私の責任ではない。

天に任せっきりで怠けるのでもなく、

責任を背負いすぎて頑なになるのでもなく、

精一杯やるべきことはするけど、責任やコントロールは私の仕事ではない。

そんなことを教えてくれるカード。

 

「教えるのではない。分かち合いなさい。」

というマスターの言葉は私が「先生」ではなく、対等な仲間。

少しみんなより経験が多く、乗り越えてきた困難により学んだこと、どうすればいいのか知っているだけ。気づき、という領域について。

「それを分かち合いなさい、そしてあなたもその場から学ぶだろう。

受け取るだろう。」

この言葉がどんなに私を自由に、豊かにしてくれたことだろう。

 

 

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そして恩師はいつも私に

「何者かになろうとしないでいいんだ。」ということを言いつづけてくれていた。

リラックスして、エンジョイして、フルに今を生きろと。

亡くなった彼女の作品

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