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karuna's story

高機能自閉症スペクトラム。感覚過敏。欧州育ち。サードカルチャーキッズ。シャーマン。カードインスピレーション。夢使い。

新しい試み

「コンフォートゾーンから出て行き、

新しいアプローチをしたらいい。」

とな。

 

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まさに。

今日はカウンセリングの初回面談。

息子の反抗期は私にまだ消化しきってない問題があることをピンポイントにスポットライトを当てて見せてくれてる、と気付けてからはやるべきことがクリアになった。

これまでも散々、様々なことを消化してきたけれど、なぜ、親子問題や機能不全家族についてはサラッとしかやってこなかったのだろう。

 

時期が来たのだろう。

流れもあり、出会いもあった。

まるでカードの船の帆にみる風のようだ。

 

恩師がいなくなり、これからは独自のやり方でいろんなことをやらなくてはいけない。

彼女とはスピリットでは繋がってるけど、簡単に教えてはくれなくなった。

 

新しい旅立ち。

恩師は世界中の友人を日本に集めてくれることになった。ギフトだ。

 

 

とにかく、内へ。

昨晩は恩師の死に耐えられず、仲間とお茶。

最後に持ってきてくれたマスターのカードを。

結局、しっかりとコミットしながらも、内側をみること。

外側に求めないこと。

基本的なところに戻された感じ。

 

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今朝も似たような意味のメッセージ。

「わたし」というところにステイする。

そして外のこと、他人のことを構わない。それはエネルギーの無駄である。

好奇心は世界を広げてもくれるけれど、同時に我を忘れて外に関心とエネルギーがだだもれしてしまう危険もある。あぶないあぶない。

 

 

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狐に注意。そして不要なものはばっさりと切れ。手放せ。

今日のわたしの様子では誘惑、だろうなぁ。

先日、狐に憑かれてるっぽい人が近づいてきたけど、それ以外にも人は狐みたいなところがある。おべっかをつかったり、こちらが欲しいものをチラつかせて、こちらもそこに夢を見てしまってはまっていく。

でもそれは内側の寂しさや心細さや、コンプレックスや、逃げや、そういうところをあまーく覆いかぶせてくれてその穴を埋めてくれるような錯覚に陥ることから起きる。

だからこそ、今内側をみて、そういう「穴」となりうるところをコンテイン(contain)することが大事。なくすのではない。直視してホールドするのだ。でも何もしないのだ。

 

 今日は1日、家で仕事。

シンプルに様々な誘惑に影響されずに自分のことをしよう。

 

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明日はこない。

今朝、人生の恩人、恩師が突然の事故で亡くなったというニュースをSNSのコメント欄で見たときは本気で悪いジョーダンかと思った。

でも、ジョークではなかった。
本当に逝ってしまったようだ。

 

彼女は本当に今ここをめいいっぱい生きてる人で、あるがままでいることを私に教えてくれた。先延ばしにするな、今やれ、明日はこないということを教えてくれた。

 

いつも、愛してるよ!と言ってくれて本気で私を心配し、サポートしてくれていた。

何者かになろうとするな、ともいつも言ってくれていた。

 

70という歳で初めてアフリカにいく、ダイビングしてくると聞いた時には、この人はどこまでも元気だなぁと思っているくらいだった。

でもどこかで彼女がもうすぐ遠くに行ってしまう事は 昨年の夏から感じていた。滅相もないけど、もう長くない。だから先延ばしはやめて一緒に過ごせる時は一緒にいようと思ったのだ。

 

来月、一緒にワークをする予定だった。

また色々と学べるのだろうと楽しみにしていた矢先だった。

 

ニュースをくれた人は知らない人だった。

しかも恩師にはあった事もないという。でもその人は恩師が彼女のワークを引き継いでくれる人をアシスタントとして探してて、君が今度ワークをオーガナイズしてるようだからとその人かと思った、と二重にも三重にも勘違いしていた。

私は単なる通訳だ。

特別可愛がってもらっていたけど、あくまでも一弟子だ。

 

彼とやりとりをしていると悲しみのドラマには入らなくて済んだ。静かな悲しみのスペースにとどまれた。

 

それでもなお、

寂しさと感謝の気持ちが溢れてる。

そしてふと油断すると、

悲しみが波のように襲ってくる。

 

その悲しみがエゴまみれで、ヘドが出そうになる。
 

まずは瞑想するしかない。

こういう時だからこそ、瞑想しかない。

 

今はあまり言葉にならない…

 

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レノルマンにはまる→軸がずれる

”信頼と勇気を持って、思い切ってネガティブスパイラルを断ち切りなさい。”

 

このカードに惹かれて購入して、そのプロセスを歩んでいる最中なのに、

気づくとこのカードについて勉強したり、情報を集めたりという

知恵・知識のほうへ。学び、学習、のほうへ流されていく。

そして気づくとコレクションのほうにまで流され出していた。

 

危ない危ない。

 

その奥には寂しさがある。

心細さがある。

誰かにすがりたい、頼りたい。

でもそれが道ではないのだ。

馬を信頼して、道なる世界を歩んでいくのが私の道なのに。

 

気づくとサーフィンしてしまうのは発達障害の特性でもあるけれど、

このカードにはッとさせられて止まった。

やれやれ。

 

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”すごく明確にあなたの願いは叶う。”

”あなたの行動が結果にでる。”

なんだか、「結果、結論、答え」というような匂いのするカードばかりがでる。

先日も最後のピースがはまるようなものが。

 

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自分がなにを目指しているのか。なにを願っているのかのほうにチューニングを合わせると、そこの周りには雲がいっぱいあって、なにも見えない。

全体の景色や天気はとてもクリアで”いい感じ” なのに、

その旅人の頭の周りにだけ変な靄がかかっているような、そんな感じ。

 

目指すことをはっきりさせること、決めること。そこに責任を持つことは

とても勇気のいることだ。

結論がでなかったらどうしよう。叶わなかったらどうしよう。

それならいっそぼんやりとしておいたほうがいいのではないか。と、

無意識に目を伏せる。

 

全然別の場面で、昨日鏡の自分に「上を見ていく。斜め上くらい。」という言葉がでてきたんだけど、それを思い出す。

 

そして今朝のカード 

 

グラウンディングをして未知なるものを信頼して前に進め。

アンカーはさらにゴールを達成したという意味もあるというので、まただわ。

 

前ばかり見ているなということにも思えてきました。今ここをエンジョイしよう。

 

ひとまず。

だって、確実に先週の浄化のあとは、反応が違う。

静けさが違うもの。

もう少し熟成させよう。

 

今日は免許の更新。

 

 

 

 

 

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最後のピースがはまる。そして...

いちいち日を大切に、ひたむきに。

長い間取り組んできたことが完結する時。そこに感謝して、そして新しいスタートを笑顔で迎えて次に進む。

ただそれだけ。

 

”ものごとを最後まで言わないことーこれが禅のやり方だ。...

 非常に意義深い方法論だ。すべてを言わないということには、聞き手にそれを完成させる機会を与えるという意味がある。答えはすべて未完成だ。マスターはただあなたに方向を与えているだけだ.。。。あなたが行き着くところにまで行き着いてしまえば、何が手元に残っているのかがわかるだろう。”(OSHO禅カードより)

 

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今日の体は(胃もたれ以外)、快適でスッキリだ。

これで仕事に復帰できる。

今日はきっとあらゆるチャンネルを研ぎ澄ましていける。

 

でも昨日のカードのように、引いていくこと。

そして今日のカードのように、みんなが自分で答えを見つける機会を奪わないこと。

自分のプロセスも一つ終わり、そしてまた新たに一つはじまる。

ただそれだけだ。

 

”jerevetty jerevetty。

進みなさい、進みなさい、どんどん前に進みなさい。”

というゴーダマ・ブッダの言葉が恩師の声とともに聴こえてくるようだ。

 

とりあえず、一つ抜けた。

そして今日は久しぶりに子と食事。楽しみだ。

オバに感謝。

行ってきます。

 

日記 直観・インスピレーション

”日々新生の時。日々新しいあなたの誕生です。

生きていくことのすばらしさを、日々味わってください。

(省略)命がけで生きるとはどういうことか考えたことがありますか?いつでも、何度でも生きなおすことができます。本気で、命がけで生きるなら。。全てが良きほうへと動き出します。”

解釈というかそのまんまで絶句orz

 

ただ、気付いているということがどれくらいの変容を起こしていく。

何かをするから変容が起きるのではない。それは熱い炎ではなくて、冷たい炎。

加えるよりも間引く。 

アクションをするよりも引く。なにもしない。

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まだ胃がむかついてて力がピシッとはでていないけれど、一連の浄化の体調不良プロジェクトは一段落したみたい。

ロボットのようにオン、オフにはいかない。

でも今日は新しい試みへのアクション、

必要なつなぎ、

滞っていたところの調整、

空回りしたところの方向性の提示

など結局いろいろな整えをした。

このカードは、プロセスはいつも続くしそしていつでもやりなおせるということ。

それから今月から始まるある西洋学的な、現実主義的な「アクション」に対し、

瞑想してバランスをとり、冷静でいなさいよ、というアドバイスでもあるように思う。

 

 

 

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