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karuna's story

高機能自閉症スペクトラム。感覚過敏。欧州育ち。サードカルチャーキッズ。シャーマン。カードインスピレーション。夢使い。

全てがゲームなのだ。

南アフリカの海に潜った恩師が亡くなって2週間。

今日は別の南アフリカの友人がガンでもうすぐ亡くなるからメッセージを送ってほしいというクラスメイトからメールがきた。もうすぐ死を迎える友人は私が唯一あのクラスで安心できる人だった。連絡をくれた人は私が最も苦手とする人からだった。苦手なんてもんじゃない大嫌いでたまらない人だ(苦笑)。

 

南アフリカ」という土地と「死」「別れ」というプロセス。

なんなんだろう。

あまり落ち込む前にカードを一枚。

こういう時はやはりマスターのカードに限る。

PLAYのカード。

あまり深刻になりすぎないこと。

全てをゲームだと思いなさい、というカード。

その役をしっかりと生きながらも、それがあくまでもこの世のゲームなんだということに気づいていなさいというメッセージ。

 

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ゲルマン文化で育った私はとても真面目でシリアスになりがちだ。

なんでも暗く、硬く、狭くとらえて追い詰めてしまう傾向がある。

「life is to beautiful to be taken seriously!」というOSHOの言葉がある。

本当にそうだと思ってリマインダーとしてサニヤシンになった。

でもやっぱり暗く、シリアスに、ネガティブに考える思考の癖はなかなか治ってくれない。もっと軽く、明るく、ポジティブにいけたらとヘラヘラして楽しそうにしている他のサニヤシンをみると思うけど、しかたがない。これが私だ。

 

でも私の中ではだいぶ深刻なドツボにはハマらなくなってきている部分も育ってきている。今日は冷やしておいたcarl Jungのノンアルコール・スパークリングワインのミニボトルで一人で乾杯することにした。

 

YES to life.

生に乾杯。

死に乾杯。

 

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ただ、楽しむ。

最近のドリーミングは、ドリーミングウェイというタロットたちに向けられている。

いろいろなものにドリーミングがあって、これまでもいろんなものを買い込んでしまっている。これは発達障害の特性だと言われたのでそういうことにしておこうw

でもそれだけじゃなくて、なぜそこに惹かれるのかというワークはすることができる。

無地のノートは、書きたいというドリーミングだった。

カバン類は新しい出発、さっそうと外に出る、フィット感、などだった。

マスキングテープはクリエイティビティだった。

さて、そして今度のカードたちは?

とても惹かれたカードにまた出会い、我が家にやってきた。

が、同時に勉強用の本も買ってしまう。

学習欲は高いほうだが、難読症なので本を買うのはリスキーなのだ。

それに、せっかくドリーミングが立ち現れていてワクワクしているカードなのに、リーディングをしようとすると解説を見てしまう。

ワクワクの質がなくなり、真面目で堅苦しいものになる。

数秘術の条件付け3の典型だ。それが切り替わるのがわかってしまっているだけ。

でもそれはまるで呪いのように、解けない。

ついついそうしてしまう。呪いなのか催眠術なのか、洗脳なのか。

でもそれも自分で言い続けるとそれは枠組みになるので、ただ気がついてだけいることにしよう。なのでそれ以上はもうこのことは書かない。

 

勉強の本も含めてワクワクはしているのでただ完璧を求めずに楽しもうと思う。

 

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そもそもタロットは裏にして引くものだけど、

そうじゃない楽しみ方もあるんじゃないかと。

そういうのも許していきたいと思う。

 

いろいろと好きなカードがあったけど、今日惹かれたのはこれ。

 

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水瓶座だということもあり、水が描かれているのが好きだ。そしてこの勢い。このカーブ。萌える。

水は感情。感情が揺れ動く。溢れ出てくる感じ。カップはそれをホールドしている。

慈悲。

それだけじゃなくて、白い間が好きだ。

スペース。白いカンバスのような。可能性を秘めている。

 

今日は午前中から仕事のミーティング。12月までの予定がびっしりと決定された。

これはスペースがない感じがした。けど企画業はこれくらいじゃないと回らないのでしかたがない。

そのあとは人との約束がキャンセルになり、少し余裕をもって昼ごはんを作ってあげられてラッキー。全てがうまいタイミングで整っていうことを改めて実感。

そして午後はセッション。

手強い相手には瞑想が一番。というか、もう瞑想しかない。

セラピーのようなdoingは有効な場合と無駄な場合がある。今回は後者。

気づきという意識の光を闇の中に当てていくこと。

ただ、それを受け入れてYESを言っていくこと。

感情は感じていると過ぎ去っていくものなのだ。

それはまるでこのカードのように、波を打つけどじっとしていると静かになる。

そしてマインドが刺激するとまた波打つ。

そんなもんなのだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

そこに意味や出口や解決策などを見出そうとするから苦しくなるのだ。

じっとしていれば収まるのに。

 

そのあとは銀行という現実に一瞬もどってから倒れている友人のケアに。

話を聞いたりタッチをしたり。

人がいるとエネルギーが動いていく。

一人じゃないことが希望につながる。

 

夜は久しぶりにがっつりと料理。

料理は手を動かすし、瞑想になる。体が整っていくのを感じる。

 

夜は友達からオーラソーマの誕生ボトルについて教えてもらった。

ゴールド。中心にあることと、先を見る力とのバランス。

ゴールドの補色がロイヤルブルーなので、叡智と直感の人。

鋭くて深い洞察を持ってる。

ということらしい。

 

 

B032 ソフィア Sophia 内なる真理を分け与える

幻想を乗り越え、「絵空事のような」考えから離れて、もっと現実に根ざしたスピリチュアルな目標に目を向けられるようにします。また、私たち人類は大いなる創造力を持っている、という考えを伝えます。はっきりとした精神的な指針を与えます。精神的にストレスを感じた時に、緩和させるのに役立ちます。足踏み状態の後に飛躍的な発展をもたらします。母親に関する問題を解決し、ハートに関する問題についても明晰さをもたらします。

 

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信頼して大いなる存在に身を任せる。

昨日の深夜にやっと大きな流れがひと段落。

今日は1日休んでいた日。

子も同じく。昨日の同窓会で疲れたのだろう。ずっと寝ていた。

親子で発達障害。本人たちも忘れてしまうくらい気づかないけど特性はバッチリある。

こういう時にしみじみとそれを感じる。

・・・・・・・・・・・・

 

今日のカード考察。

カードの解説書を読むと、

「安心できて心地の良い恋人やソウルメイト、メンター的な存在を欲しがってる」

的な意味合いになる。

 

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もう少し深くリーディングしてみると、恩師が亡くなって2週間弱なわけだけど、早くも誰か師匠を探しているマインドに気づく。

また、恩師から受け継いでいる学びなどをどうすれば次に分かち合えるかということばかりを考えている。

 また、自分流のリーディングに従うと、男性のカードは何かを求めている。探している。形容詞のカードには家のカード。安心やバウンダリー、自分のスペースなど。

自分の内側とチューニングすると、自分の心地よ居場所や家族とどうすれば心地よく過ごせるようになるのかという答えを熱望している。探している。関係性のレベルでも個人の内なるレベルでも、安心できる場所を必要としている。でもマインド的には外とのつながり(恩師の弟子の関係性について)や家族との関係について考えてばかり。

そこでマスターからのアドバイスとしては、

「個人的なゴールを持っていると、緊張があるためにawarenessは狭くなる。リラックスして信頼して存在が運んでくれるのを許していくこと。」というもの。

 ↓

 

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私は先々が読めてしまう。それは透視能力、というスピリチュアルなところもあるのかもしれないけれど、発達障害のテストでも人の4倍くらい先が読めることがわかっている。その代わり、起きる前から心配をしてしまい、こうしたほうがいい、とかこうなった場合はこうやって身を守ろう、という思考が先回りしてそれをやりたがる。人に対してもそうだ。それがコントロール欲とつながり、息子にとっては支配されてるように感じてしまう。

まさに瞑想仲間の一人がそのパターンを私に見せてくれるおかげで自分のそのパターンに気がつけた。恩師からのギフトだと思った。

信頼して大いなる存在に身を任せる。

OSHOワールド的にはそういう表現になる。

プロセスワーク的には、プロセスマインドとつながって生きるということ。

 

そう。私一人が自分の条件付けのパターンや不安から何かをしようとしたら視野も世界も可能性もせばまってしまう。もっと広がっていこう。枠を越えて。枠を壊して。

 恩師を思いながらペインティングしたときの絵。

アートという名の瞑想。

 

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深刻にならずに

それもまた過ぎ去る…

ムードに飲み込まれていて抜け出せなかったけど、この一言ですっと楽になった。

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底なしの欲望

 

”幸せにしてくれるものは外側に求めるのをやめるときだ。

内側をみるように。”

欲望は刺激だ。興奮、スリル、冒険。

そしてそれを手に入れると、無意味になる。

人はある欲望から別の欲望へと動き続ける。

 

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今日は大切な人たちが世界中から10人以上集まり、喜びの再開。

明日は恩師を送る盛大なセレブレーションだ。

 

includeしてほしいという欲望。

私も仲間に入りたという夢は、昔からあった。

海外で差別を受けたからだろうと思っていたけど、よく考えると

もっと前だ。幼稚園のころからすでに疎外感は感じていた。

疎外感というか、うまくつながれない感覚。

みんなは輪の中に入れているようにみえるのに、

自分だけまるで透明人間のような気がしていた。

 

本当に秋からクラスに留学するのがいいのか、

一人でできるプログラムにしたほうがいいのか。

グループは好きだ。

でもそこに無理して入る必要はあるのか。

 

今起きてるコミュニティでのゴタゴタも、それぞれの欲望のせいで

パワーゲームになっている。

くだらない。小さなことなのに、私たちはどうしてこうもついついそこに巻き込まれていってしまうのだろう。

 

 

 

まるでトレーニングのように

恩師が逝ってしまってからの方が、彼女の存在は近く、濃厚になっている。

 

いつも、人生にフルコミットで生きてた彼女の姿はそばに置いてくれたことでたくさん見てきた。

 

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問うと、彼女のスピリットから問いが戻ってくる。そしてどうすればいいのかわかる。

 

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今週末に大きな追悼の会をやる。

そのプロセスはまるでトレーニング。

自分のパターンを見せつけられる。

あなたはどう判断して、

どういうアクションをとる?

と突きつけられる。

 

もう逃れられない。

やるしかない。

この気持ちはまるでトレーニングの最中のようだ。

 

彼女が最後にくれたギフト。

でもこれは毎日続くんだ。

 

 

 

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まさに

伝達、距離を超える。

 

海外の知己から嬉しい知らせのメールがある。

 

とな。

 

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恩師のお別れのセラブレーションに海外からたくさんの友人がやってくることになり、来日のお手伝いを一昨日からしている。

 

濃厚な数週間のトレーニングをスタッフとさはて共に過ごした仲間たち。

スペシャルな人たちを恩師が連れてきてくれた感じ。ギフトだ。

 

寂しがってる私を心配して、送り込んでくれたようにしか思えない。