karuna's story

高機能自閉症スペクトラム。感覚過敏。欧州育ち。サードカルチャーキッズ。シャーマン。カードインスピレーション。夢使い。

深夜にマラを首にかける。

先日、新宿でやっていたOSHOフェアで、マラを購入した。
(マラとは、マスターであるOSHOの写真が入れ込んである、木製の珠数でできた首飾り。)

インドでは、ヨガや瞑想のマスターの弟子になることをサニヤシンという。
私は9年前にインドでOSHOの弟子になった。

テイクサニヤスした時は、そんなものは宗教っぽいからいらない!と思っていた。OSHOはすでにこの世にいなくて、テイクサニヤスの儀式もどんどん変化しているようだ。

たまたま私の時はサニヤシンになることについての講話を時系列で整理した資料を読むように言われ、それでもテイクサニヤスしたかったら今度は別のファイルを渡されてサニヤスネームのリストから好きなものを選んで申請するというものだった。

OSHOならともかく、誰かに与えられるよりも実際に新しい名前を“テイク”したかった私にとっては好都合な方法だった。

マラは昔はテイクした時は儀式で首にかけてもらうらしかったけど、私の時はそんなもうそれはなかった。


それから9年がたち、たまたまフェアで売っていたので10年目の記念にマラを買ってみたのだ。

というか、売ってるんだ!と驚いた。

帰宅しても数日、私はマラを袋に入れたままでいた。

昨晩ふと、袋から出して首にかけてみた。

変な感じ。
テイクした時のようにドキドキした。なんだか照れくさくて、楽しくて。
とてもどでかいことをしちまったんじゃないか?という緊張感と不安を感じた。

でも、その深刻さや意味のある場所にははまらずに、もっとユーモラスな感覚も感じた。子どもがお母さんの首飾りをつけてみたかのような違和感とエキサイトメント。

首につけたまま、いーのかなと思ったけどそのままアメリカのドラマを観た。

ちゃんとマラをして、ちゃんと気合いを入れて、瞑想しなくてはという優等生な私の声も頭をよぎったけど、そうではなく、ただそこで起きてることに気づいて、エンジョイすることの方が、昨晩の私には大切だった。

首のまわりの緊張感は、安心感に変わり、ただそこにいることができた。
不思議な体験。

今から瞑想会に。あー、マラを持って来ればよかったな。